side of the moon
その5
「おいっ、起きろやっ!」 足を蹴られておれはびくっと目を開けた。 「アホかおまえ。寝てどうすんねんっ!」 崎山が不機嫌な顔でおれを睨んでいる。 その横では・・・麻野が不安げにおれを見ていた。 「とにかく、ここを出ようや。話はそれからや。なあ、優くん」 すたすたと出口に向かっていく崎山の背中を目で追いながら、おれは立ち上がった。 「先輩・・・・・・」 尾行なんて恥ずかしい行動をとったおれを軽蔑しているんじゃないかと、切なげにおれを見上げる麻野の瞳を真っ直ぐに見ることができなくて、目を反らせたまま、出口へと向かった。 ロビーに出ると、崎山が椅子に座り込んでいた。 おれが静かに隣りに腰を下ろすと、じろりと横目で睨む。 「おまえ、講義は・・・?」 「篠田にレポート提出頼んできた・・・」 「で、いつからつけとってん」 「最初から・・・」 崎山の質問に正直に答えていく。 なんせ、自分が悪い。かっこ悪い。 「おまえ、バレバレやぞ?おれ、ずっと気づいてたっちゅうねん。大橋くらいから後ろにおったやろ」 げげっ、何でだ?変装も完璧なはずなのにっ! 「まあおまえが尾行してくるやろうことは、予想してたけどな。おれはおまえのこともっと頭のいいヤツや思とったから、すぐにバレておもろなかったわ。優くんは展示室で気づいたみたいやで?」 おれは返す言葉を見つけられず、黙って肩を落としていた。 「せやから、早く言うてしまえって何回も言うてるやろ?自分のものにしてもうたらええねん」 溜息まじりの崎山の言葉が心に染み渡る。 自分のものにする。麻野をおれのものに・・・・・・ 「崎山さん、はい。先輩も・・・」 紙コップのジュースをおれたちに差し出し、おれの横に腰を下ろした。 崎山はそのジュースをぐいっと一気に飲み干すと、立ち上がった。 「ほな、おれは帰るわ。優くん、今度こそ、ふたりで遊びに行こな。邪魔されんようにしてな」 麻野の髪をくしゃりとなでると、おれの方に向き直った。 「あともう一回上映あるから、ふたりで見てきたらええ。優くん、集中してなかったやろ?そりゃ後ろであんな殺気感じたら落ち着きもできんわな。じゃあな」 崎山は、ひらひらと手を振り上げると、さっさと玄関へと消えて行った。 ふたりきりにされ、どうしていいかわからずに、おれは麻野が買ってきてくれたジュースに口をつけ、ふと隣りの麻野に目を向けると、ジュースを持っていなかった。 そうか・・・みっつも持てないもんな・・・? 「はい、これ飲んで?」 「い、いいですっ!」 「おれの飲みさしはイヤ・・・?」 そう言うと、伏せていた目を一瞬上げ、おれの手からジュースを受け取ると、睫毛を伏せてコップに口をつけた。 両手でコップを包み込み、肩をすぼめる麻野に、おれは手を出しかけて、留まった。 「せ、先輩は・・・」 麻野が消え入るような声でおれを呼んだ。 「ん?」 伏せた顔を覗きこむと、白い頬が薄紅に染まっている。 「先輩は・・・どうしてぼくたちを追ってきたんですか?」 ストレートな質問におれは絶句した。 どういえばいい・・・? 麻野が心配だから・・・ 崎山に麻野を取られるんじゃないかって不安だから・・・・・・ そう言えばどうなるだろう? 麻野はおれを受け入れるのだろうか? それとも・・・・・・ 麻野がおれを嫌っていないことは十分わかっているし、逆に好意を持ってくれていることは感じている。 しかし、その好意の種類が問題なのだ。 おれの麻野への感情は・・・恋愛感情・・・だと思う。 麻野にふれたい、キスしたい、抱きしめたい、ひとつになりたい・・・ そんな欲望が心の中で渦巻いている。 オトコ同士なのに・・・同性同士なのに・・・・・・ 麻野はどうなのだろうか? それがわからないから・・・おれは踏み出せないでいる。 同居しているオトコが、自分に対してそんな欲望を持っているなんて知ったら、麻野は気持ち悪いのではないか? 善人面して、優しく近づいてきて、最低だって思われるんじゃないか? 楽しい生活が、一瞬にして崩壊するんじゃないか? いざとなると、そんな不安で埋め尽くされ、おれは素直な感情を奥へとしまい込んでしまう。 視線を感じ顔を上げると、とてつもなく真っ直ぐおれを見つめる黒い双眸と、おれの不安を含んだ双眸が合わさった。 麻野の望む答えは・・・・・・ おれの真実は・・・・・・ 「麻野のことが気になったから・・・」 重い口を開いた。 「え?」 麻野が目を見開く。 普段でさえ大きな黒目がちの瞳が、いちだんと大きくなり、そこに期待が混じっているように見えたのは、おれの気のせい・・・? 「麻野が崎山になにかされないか、気になったから・・・ふたりを疑ってるわけじゃなくて・・・ただ麻野が心配だったから」 「せ、せんぱ―――」 麻野が何か言おうとした。それは何だったのかおれは知らない。 なぜなら、おれは、麻野の返事が恐くて、その台詞を中断させたから。 そしていつものアレを付け足したから。 「だって、おまえははるかの大事な弟だからさっ。それにオトコに手を出されたなんて、おじさんやおばさんにも申しわけねえだろ?おれが責任を持って預かってるのにさ!」 重い雰囲気を振り払うかのように、努めて明るく、もう慣れたかのような台詞がすらすらと口をついた。 何かを言いかけたのを遮られ、しばし口を開いたままだった麻野は、おれの言葉を聞くと、一瞬、ほんの一瞬だけ悲しそうな顔をした・・・ように見えたのだか、それは瞬きするくらいの間のことで、次の瞬間には笑みを浮かべていた。 おれの見間違い・・・か・・・・・・ どうも人間には、自分の都合のいいように見える一瞬があるのかもしれない。 「すみません、心配かけて。でもぼくはこれでもしっかりしてるんですから!それに、崎山さんは大丈夫ですよ?ぼくのこと、弟のように思ってるらしいですから」 にっこり笑ってくれた麻野を見て、おれはほっとした。 想いを告げなくてよかったと・・・・・・ 「じゃ、も一回見る?」 おれの問いかけににっこり頷いた麻野とおれは、開放されたシアターの入口に向かった。 |
〜おしまい〜
おつかれ様でした。
こっちの方がかなり長いですね〜
こういうビターな雰囲気のものは筆が進む進む(笑)
どちらにしても三上が・・・いいかげんウザイ!
みなさまはどちらがお好みかしら・・・
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